小売企業が目指すウェルビーイング経営とは

 流行のファッションアイテムやコスメ、雑貨等を取り扱う小売業界は、華やかなイメージを持つ一方、環境汚染や労働問題など様々な課題を抱えています。

「ウェルビーイング(well-being)」とは、健康、幸福、福祉といった意味を持つ言葉です。世界保健機関(WHO)では、「健康とは、単に疾病がない状態ということではなく、肉体的、精神的、そして社会的に、完全に満たされた状態にある」としており「ウェルビーイング」を使用しています。近年、日本でも企業のあり方やワークライフバランス・働き方が見直されており、ウェルビーイングが見直されています。日本国内では、アパレル大手のアダストリアグループが健康経営を宣言し、ウェルビーイングの実現に向けた取り組みを推進しています。
 ユニファイドコマースは、オンライン・オフライン双方のデータ活用により顧客体験をあげることで市場優位性を築くための戦略ですが、それだけではありません。環境問題や従業員の労働環境の改善にも、少なからず寄与します。
この記事では、小売業界が抱える課題と小売事業におけるウェルビーイング経営の実現に向けたユニファイドコマースの役割について考えていきます。まずは小売業界が抱えている問題について、振り返ってみましょう。特に大きな課題として、労働力不足問題と労働条件の改善、環境汚染問題、DX化の遅れの3点について考えていきます。

アダストリアグループが健康経営を宣言“ファッション業界の魅力度向上”いきいきと働くことができる環境を整備

ユニファイドコマースが解決するDX推進

 DX(デジタルトランスフォーメーション)とは、デジタル技術を活用することで業務プロセスを効率化・改善したり、新たなサービスを創出したりすることです。DXの推進は、日本社会全体の課題であることはもちろん、小売業界にとっても大きな課題です。

 経済産業省が発表した『DXレポート~ITシステム「2025年の崖」克服とDXの本格的な展開~』によると、日本企業のレガシーシステムが、グローバル競争力を低下させると警鐘を鳴らしています。レガシーシステムとは、老朽化・複雑化・ブラックボックス化している既存の基幹業務システムのことで、このままの運用体制が続いた場合、2025~30年で最大12兆円の経済損失が生じると試算されています。これは小売業界も例外でなく、早急な刷新が求められています。

 また、国際経営開発研究所が発表した「世界デジタル競争力ランキング2023」によると、10位以内に東アジアの3カ国・地域(香港、台湾、韓国)がランクインしていることに対し、日本は前回調査から3つ順位を落とし、32位となり過去最低を更新しました。世界各国と比較すると、日本全体のDX化に遅れていることが読み取れます。DX化は、国内の問題だけでなく、日本が国際社会と競争し市場優位を築くためにも必要な取り組みです。

世界デジタル競争力ランキング、スイス5位、日本は32位へ後退
ジェトロ「ビジネス短信」添付資料

 ユニファイドコマースは、実店舗やECなどの販売チャネルで得たデータを活用することで、お客様により良い買い物体験を提供します。データベースの構築にはデジタル化が必須であり、業務プロセスの効率化はもちろん、AI(人工知能)などの新しいテクノロジーを掛け合わせることでビジネスモデルに大きな変革をもたらすマーケティング戦略です。経済産業省の「デジタルガバナンス・コード 実践の手引き(要約版)」では、DXについて次のように記しています。

そもそもDX(デジタルトランスフォーメーション)とは何か
・デジタル技術やツールを導入すること自体ではなく、データやデジタル技術を使って、顧客目線で新たな価値を創出していくこと。
・ また、そのためにビジネスモデルや企業文化等の変革に取り組むことが重要となる。

デジタルガバナンス・コード 実践の手引き(要約版)

 ユニファイドコマースはDXの一部であるとともに、小売業界における顧客の体験の向上を目的としたDXの推進がユニファイドコマースであるとも考えられます。つまりユニファイドコマースに取り組むことは、DXの推進につながると言えるでしょう。

ユニファイドコマースが解決する労働力不足と労働条件の改善

小売業界は、労働力不足にさらされています。小売業界はファッションやコスメ、雑貨等の華やかなイメージの一方で、労働時間・残業時間が多い、賃金が低いといった働く人の労働環境に問題を抱えています。大手アパレルメーカーやスーパーマーケットの従業員の過労死が報道されるなど、日本でも長時間労働が社会問題化しています。

 海外では、ファストファッションの低価格を叶えるためのコスト削減により、痛ましい事故も起きています。バングラデシュにある商業ビルが倒壊し、従業員など若い女性を中心に1,133人が死亡する事故が発生しました。事故の原因は、多くの縫製工場をビルに入居させるために違法な増築を繰り返していたことです。「ラナ・プラザ崩壊事故」と呼ばれ、この事件を契機に、ファッション産業における労働、人権問題が浮き彫りになりました。

環境省 これからのファッションを持続可能に

ユニファイドコマースで解決できること

ECと店舗のデータ連携による業務改善

 ユニファイドコマースでは、ECと店舗のデータ連携をおこないます。リアルタイムでの売上や在庫状況を把握することで、適切な商品の補充や在庫管理が容易になります。これまで人手作業で行っていた受注管理業務等を自動化させることで、人為的ミスを防ぐことはもちろん、業務の効率化が実現します。
 データ統合が不可能な古いシステムを使い続けることは、業務フローを複雑にさせ、従業員の作業量を増やすことになります。部門毎で管理しているシステムを連携させ、データ活用に取り組むことで、従業員の無駄な業務や残業を減らすことができます。レガシーシステムは、従業員の業務効率を妨げるので、いち早くシステムの改修を検討するべきです。つまり、ユニファイドコマースの導入は、従業員のワークライフバランスを考慮した働き方の改善にも影響します。

 例えば 靴小売り最大手のエービーシー・マートは、2018年から店舗とデジタルチャネルのリアルタイム運営を支える「デジタル基幹システム」構想をスタートさせ、在庫管理や顧客管理のシステム構築を段階的に進めています。例えば全国約1000店舗の販売スタッフのスマートフォンに接客アプリ「S Navi(エスナビ)」を導入したことで、担当店舗や他店舗の在庫を確認したり類似商品を検索が可能となりました。スタッフの手間のかかる在庫確認などの作業の効率化はもちろん、顧客満足度の向上にも役立っています。

 ユニファイドコマースでは、データ活用による需要予測や購買傾向の分析をおこないます。商品在庫や顧客データの管理はもちろん、近年注目されているAI(人工知能)の技術とかけあわせることで、販売戦略の策定など複雑なマーケティングマーケティング業務の自動化までもが、ユニファイドコマースの導入で実現できると考えられています。

ABCマートの販売スタッフ向けスマートフォンアプリ「s NAVI」を全店リリース

オンライン接客の導入による働き方改革

 コロナ禍以降、非対面で接客ができるオンライン接客が注目されています。オンライン接客には従来の電話型やメール型の他、SNS型、チャット型、ビデオ型などのスタイルがあり、小売事業においても、営業活動にオンライン接客の導入を試みる企業が増えてきています。
 オンライン接客の導入の最大のメリットは、お客様の買い物の利便性をあげることですが、販売員が実店舗に出勤しなくても接客業務を行えるメリットもあります。働き方に柔軟性を持たせることで、子育てや介護などで労働時間に制限がある人材を採用できたり、遠方に住む人材を採用する機会が生まれます。

例えば、化粧品会社のファンケルでは、オンライン接客のシステムを導入した実証実験をスタートしています。

ファンケルは在宅勤務や時短勤務、フレックス勤務など、育児中の従業員が働きやすい環境を整え、誰もが安心して長く働ける環境づくりを整えています。その中で店舗スタッフが育児中の時でも自分のキャリアや接客スキルを生かしながら在宅でも働けるように、オンライン接客を導入し実証実験をスタートしました。店舗にオンライン接客専用のタブレットを置き、スタッフが忙しい時や混雑時などでも、お客様が商品について相談や質問などできるようにしています。

ファンケル10店舗にて、オンライン接客システム「LiveCall」を導入。働きやすさ向上に向け実証実験を開始  

 また、内閣府が公表した「令和5年版高齢社会白書」によれば、2030年には総人口の約1/3を高齢者が占めることが予測されてます。高齢化に伴う労働人口の減少により、多くの企業が人材不足に陥ることで生じる「2030年問題」も近づいており、この解決策として、オンライン接客への注目も高まっています。
 オンライン接客は、ユニファイドコマース施策のひとつでもあり、顧客体験の向上はもちろん、働き方改革や労働力不足問題の解決にもつながると考えられます。

ユニファイドコマースが解決する環境汚染問題

 アパレル業界は、国連貿易開発会議から「世界第2位の環境汚染産業」と指摘されています。
 例えば、ファッション業界は、毎年930億立方メートルという膨大な量の水を使用しています。これは500万人のニーズを満たすのに十分な量といわれています。また、約50万トンものマイクロファイバー(石油300万バレルに相当)を海洋に投棄しています。さらに温室効果ガス(GHG)排出量は、合計12億トンのCO2に相当しており、これは国際航空業界と海運業界をあわせた量よりも多い量です。毎年季節ごとの洋服を生産することはもちろん、流行に遅れ、売れなくなってしまった洋服の廃棄処理などが、環境汚染に影響しています。

環境省 ファッションと環境

 この背景にはファストファッションの流行が理由のひとつとして挙げられます。ファストファッションは、短期間での商品サイクルと低価格を特徴とするビジネスモデルです。消費者側としては、低価格でトレンドのアイテムを購入でき、気軽に買い物を楽しめるので魅力的です。しかし、国内におけるファストファッションの供給は増加する一方で、衣服一枚あたりの価格は年々安くなっていると言われており、市場規模は下がっています。大量生産・大量消費の傾向につながり、衣服のライフサイクルの短期化による大量廃棄が懸念されています。

 小売業界の中でも特にファッション・アパレル業界では、働き方や環境汚染が問題視されています。 環境省の資料によると、「働き方改革」と「CO2削減」はつながっているとされており、働き方改革は、エネルギーの削減や環境負荷の低減につながり、さらに企業価値の向上と事業拡大への「環境と経済の好循環」を作るとしています。つまり、小売業界が抱える課題は別々の問題ではなく、関連性のあるものであると考えられます。

環境省 働き方改革とCO2削減等の両立に向けて

ユニファイドコマースで解決できること

パーソナライズマーケティングによる大量生産・大量消費への対応

 デジタル化の進展を背景に、これまでの日本企業の成長を支えてきた大量生産・大量消費の時代に変化が訪れています。ユニファイドコマースの施策のひとつとして、データ活用によるパーソナライズマーケティングが挙げられます。データ活用によるパーソナライズマーケティングは、診断コンテンツ等を用いて、お客様一人ひとりに最適な商品提案をおこなうマーケティング手法です。小売業界では「パーソナルカラー診断」や「骨格診断」などが代表的な例で、お客様がいくつかの質問に回答することで、自分に似合う色や形のアイテムを見つけるシステムです。
 近年の消費者のニーズは、流行を追うだけでなく「自分に似合うか、自分にぴったりのアイテムを選びたい」という方向へ変化しています。
 例えば、女性向けの普段着に特化した月額制ファッションレンタルサービス「airCloset」では、パーソナライズ診断を活用したサービスを展開しています。スタイリストがお客様に似合うお洋服を選ぶ「パーソナルスタイリング」を通じた買い物体験を提供しています。「airCloset」は、失敗しない洋服選び(=無駄な洋服の購入・廃棄)という点ではもちろん、ファッションのレンタルサービスという点でも「airCloset」はサステナブルな事業を展開しています。

環境省実証事業による、ファッションレンタルサービスの脱炭素・資源循環効果を公開

在庫最適化による余剰在庫の削減を目指す取り組み

 ユニファイドコマースの導入による環境配慮の取り組みとして、余剰在庫の削減が挙げられます。ユニファイドコマースを導入することで、商品在庫データ連携や顧客行動データの分析による需要予測はもちろん、商品の入れ替えサイクルを早め、より効率的な在庫管理が実現します。例えばアパレル業界では、ファッションEC「ZOZOTOWN」を運営するZOZOによる、ファッションブランドの在庫リスクゼロを目指す生産支援プラットフォーム「Made by ZOZO」などが注目されています。これはZOZO独自の技術やノウハウを駆使することで、最低1着から生産をおこない、商品を受注してから最短10日で発送するシステムです。
 また、スーパーマーケットを展開するライフコーポレーションでは、AI需要予測による発注自動化サービス「AI‐Order Foresight」を導入し、一部のプロセスセンターおよびメーカー品の事前発注の作業時間削減を実現したと報じられています。

 これらは事前に商品の需要や販売数の予測を立てることで、余計な在庫を抱えずロスを減らす取り組みです。ユニファイドコマースを導入することで、データ活用による業務効率化とスピードアップや余剰在庫の削減までもが期待できます。

ファッションブランドの在庫リスクゼロを目指す 生産支援プラットフォーム「Made by ZOZO」による受注販売を9月1日開始

ライフ全304店舗の生鮮部門にAI需要予測による発注自動化サービス「AI‐Order Foresight」を適用

物流最適化によるCO2の削減など環境配慮

 ユニファイドコマースの導入は、物流の最適化にも寄与します。お客様の自宅に一番近い店舗や倉庫から発送するなどの最短ルートの配送も、 ユニファイドコマースの導入による在庫管理によって実現します。お客様に早く商品をお届けできることはもちろん、CO2の排出量の削減にも繋がり、地球に優しいエコな商品のお届けが可能となります。また、お客様がECで注文した商品を実店舗に足を運んで受け取る「店舗受取(BOPIS)」や「コンビニ受取」、そして「置き配」の導入は、再配達によるCO2排出量を抑える取り組みの一環として考えられます。例えば、ヤマト運輸株式会社は2024年6月10日(月)から、個人向け会員サービス「クロネコメンバーズ」の会員を対象に、「宅急便」「宅急便コンパクト」の受け取り方法に新たに「置き配」を追加することを発表しました。この取り組みは、置き配を導入することでお客様が荷物を一度で受け取りやすくなり、再配達の削減、物流の効率化、そして温室効果ガス排出量の削減に貢献し、持続可能な物流の実現を目指しています。

 これらの取り組みは顧客体験の向上を目的としていますが、お客様に便利な買い物体験を提供するだけでなく、CO2の削減などの環境配慮への取り組みにもなります。このような取り組みは、顧客満足度を高めるだけでなく、企業の社会的責任を果たし、持続可能なビジネスモデルの構築にも貢献します。

 また、2024年4月より、働き方改革関連法施行によりドライバーの時間外労働の上限(休日を除く年960時間)規制等が適用されました。配送ドライバーの長時間労働を減らす働き方改革の対策としても、ユニファイドコマースの導入は有効です。

「クロネコメンバーズ」の会員を対象に「宅急便」「宅急便コンパクト」の「置き配」での受け取りを可能に

まとめ

 この記事では、ユニファイドコマースが叶えるウェルビーイングと小売業界の課題についてご紹介してきました。近年、企業のあり方は利益の追求だけでなく、ワークライフバランス・働き方改革や環境問題への配慮などが重視されるようになりました。2030年までに持続可能でよりよい世界を目指す国際目標「SDGs(Sustainable Development Goals)」の中でも、ウェルビーイングは重要視されています。

 ユニファイドコマースは、お客様への顧客体験の向上を目的としたマーケティング戦略ですが、データ活用の力によって、環境問題や従業員の労働環境の改善にも繋がります。つまり、ユニファイドコマースはウェルビーイングの実現に向けた重要な取り組みの一つとも考えられ、積極的に導入を進めることで、持続可能なビジネスの構築と共にステークホルダー全体の幸福度の向上が期待されます。

 W2株式会社は、ECプラットフォーム「W2 Unified」「W2 Repeat」を展開しており、国内市場でユニファイドコマースをリードしている会社のひとつです。次世代の新しいスタイルのECに取り組みたい、課題を洗い出しをしたいなどのご相談がありましたら、ぜひ弊社へお声がけください。

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ライター:ユニファイドコマースメディア編集部

 

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「ユニファイドコマースメディア」は、OMOやオムニチャネルの進化系であるユニファイドコマースに関する情報を発信するWEBメディアです。 ユニファイドコマース(Unified Commerce)とは、オンライン・オフラインという概念にこだわらず、ECサイトや実店舗で取得したデータ(顧客情報・行動履歴など)を統合し活用する、顧客一人ひとりに価値ある購買体験を提供するマーケティング手法を指します。

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